※麻酔管理の目標は「肝臟への確実な酸素(血流)供給」である。そのため、必要十分量の輸液、輸血を行い、低血圧を避ける。
□術前評価
・背景疾患の把握(ウイルス性、アルコール性など)
※ウイルス性では特に針刺し事故などに注意する。
・Child-Pugh分類での評価(下記)
・食道、胃静脈瘤の有無(内視鏡で評価)
・腹水の有無
・脳症の有無
・呼吸機能系検査(血液ガス、スパイロ、胸部Xpなど)
※肝肺症候群
・腎機能検査 ※肝腎症候群
・血算(貧血、血小板減少)
・生化学(Alb、ChE、NH3、電解質、AST/ALT、Bilなど)
・凝固系検査(PT、APTT、Fib)
・排泄能検査:ICG試験(10%以下で正常、30%以上で肝硬変示唆、40%以上予後不良)
□Child-Pugh分類
1点
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2点
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3点
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脳症
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ない
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軽度
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時々昏睡
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腹水
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ない
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少量
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中等度
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血清Bil
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<2.0
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2.0〜3.0
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3.0<
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血清Alb
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>3.5
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2.8〜3.5
|
2.8>
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PT%
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>超
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40〜70
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40>
|
※周術期死亡率(30日以内)A:10%、B:30%、C:80%A:手術可能 B:周術期の慎重な管理が必要 C:手術以外の方法を検討すべき
※コリンエステラーゼについて
・肝で合成・分泌。半減期3~4日のためタンパク合成能の鋭敏な指標である。正常値の1/3以下で予後不良 。非代償性肝硬変で著明に低下する
□肝疾患の症状(簡単に)
①中枢神経系
脳症が起こる。血中アンモニア値と脳症の予後、重症度は関係なし。症状は睡眠障害程度から昏睡まで様々(分類あり)。急性肝不全では脳浮腫を合併することもある
②心血管系
肝硬変患者ではhyper-dynamicな血行動態。すなわち、心拍出量増加、頻拍、体血管抵抗減少を示す。シャントの存在と血管拡張により、有効な循環血液量は減少していることが多い。さらに低Alb、アルドステロンの増加や抗利尿ホルモンの分泌異常などにより、体内の総体液量は増加し、腹水や浮腫が悪化する。
③呼吸器系
腹水が存在すると腹圧が上昇し、麻酔導入時の誤嚥のリスクが高まるため、フルストマックとして扱う。また、腹水による圧迫、胸水の存在は無気肺を発生させる。さらに肺内シャントも増加し、低酸素血症を呈する(肝肺症候群)。
④消化器系
低アルブミン血症と門脈圧亢進による内臓の静脈うっ滞により腹水が生じる。
⑤腎臓系
肝腎症候群を呈することがある(腎血管抵抗の増加、乏尿、腎不全が特徴)。電解質バランスは利尿薬の投与などにより複雑化している。一般的には代謝性アルカローシス、低カリウム血症、低ナトリウム血症(水分過剰によるもので、体内の総Na量は過剰のことが多い)。
⑥凝固系
肝不全ではプロテインC、S、凝固因子(Ⅷ因子以外)の合成が障害されているため、出血傾向を示すことが多い。vitaminKやFFPの投与が必要になることも多い。
⑦血糖
低血糖も高血糖も起こしうる。肝不全や、肝移植の無肝期では糖新生が低下して低血糖になる。また、門脈血が直接体循環へ流れることによる高血糖も起こる可能性がある。
⑧血小板減少
脾機能亢進による血小板減少が起こりうる。
□麻酔方法(使用薬物との関係など)
※全身麻酔、区域麻酔ともに肝血流量を減少させる。
◯避けること
・低血圧、低心拍出量
・脱水、輸液(特にNa)過剰
・貧血
・低二酸化炭素血症(肝血流が減少)
・過度の胸腔内圧(Ⅰ回換気量が多い、高めのPEEP)
・凝固障害、血小板減少がある場合の硬膜外穿刺
※門脈圧が亢進している場合、硬膜外腔の静脈も怒張していることがある。
◯モニター、ライン
・太めの静脈ライン確保
・中心静脈カテーテル留置(CVP測定、血管作動薬などの投与)(プリセップ®)
・必要であれば肺動脈カテーテル
・動脈ライン(フロートラック®)
◯麻酔薬の選択
・吸入麻酔は基本的に安全に使用できる(ハロタン以外)
・ベンゾジアゼピンは量を減じる(中枢での濃度上昇が知られている)
・プロポフォールは、肝硬変患者では作用が遷延する。
・チオペンタールは、導入量では問題ない。低蛋白血症では作用が増強する可能性あり
・オピオイドは肝機能、肝血流には影響しない。フェンタニルは排泄半減期が延長するので、減量する。モルヒネは諸説あり。レミフェンタニルは肝機能に影響されない。
・脱分極性筋弛緩薬は分布用量の増大により初回必要投与量は増加するが、作用は延長するため、筋弛緩モニターを使用する。
※いずれにせよ基本的には少量より投与し、反応を見る
◯注意点
・腹水があれば迅速導入
・CVPは肝静脈からの出血を軽減する目的で2〜5cmH2Oで維持することが多い。下げ過ぎると空気塞栓のリスクが増大するので注意する。
・術後の肝機能障害は、麻酔法ではなく手術操作による肝血流低下によるところが大きい。
・貧血には十分注意し、必要なら早めに輸血を。
・余分なNa負荷は避ける。
・施設によっては開始液+FFPを細胞外液の代わりに投与する。
・術後肝不全を発症した場合、肝移植以外の代替手段はない(怖)
□参考文献・書籍・Web
1)MGH麻酔の手引き p67-78
2)患者術前評価・管理の手引き p223-241
3)合併症麻酔のスタンダード p141-150
4)手術別麻酔クイックメモ p202-203
5)合併症麻酔のスタンダード p126-127
など
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