概略
昨今マラソンの解説などでもよく聞くようになりましたが・・・(ペースメーカが今外れます、などと)。研修医の皆さんはテンポラリ(一時的)のペースメーカを内頸静脈経由で留置している時になにやら怪しげなダイヤルのついた機械が付いているのを見たことがあると思います笑。また手術前に変な機械を患者の胸(ペースメーカの直上)においてなにやら昔のパソコンのような大きな機械で設定を行なっているのを見たこともあると思います。心臓外科の手術では心外膜に直接リードを固定して、麻酔科側に心臓外科医がコードを投げてきて色々設定しているのを見たことがあると思います。
このように日頃もよく見かけるペースメーカ/ICD装着患者ですが、口頭試験で問われたのは56回までで4回(56-1-1、55-1-1、50-4-2、43-10)です。聞かれることのバリエーションはあまりありませんので、しっかり押さえておきましょう。また通常のペースメーカに加えてCRT-Dが52回(52-3-2)で問われています。実技試験でも一度49回試験で問われています(コードの意味、術中の取り扱い、心電図波形からの形式の読み取り)。
出題された原因疾患はBrugada症候群(ICD植え込み患者)、洞不全症候群、徐脈頻脈症候群です。あと実際の臨床でよく見る原因疾患は完全房室ブロックや、徐脈性の心房細動などでしょうか。
必ず聞かれるのは術中の設定です。症例に応じた対処をします(後述)。その他50回ではペースメーカコードの意味、43回ではペースメーカ不全が疑われる術中徐脈が出題されています。
第1稿では一般的なペースメーカ、2稿ではICDとCRT-Dについてお話したいと思います。細かいことを言い出すともう教科書を読んだ方がいいと思うので、ざっくりとこういうものだよ、ということが分かればいいと思います。
目次(第1稿)
- 概略
- 一般的なペースメーカの適応疾患
- ペースメーカコードの意味
- 術前確認事項
- 術中の設定・麻酔管理の注意点
- 電気メス使用時の注意点
- ペースメーカ不全について
目次(第2稿)
- 概略
- ICD、CRT-Dの適応について
- ICD、CRT-D患者の術前確認事項
- ICD、CRT-D患者の術中の設定、麻酔管理の注意点
- 補足①:特殊な状況時(中心静脈カテーテル留置、除細動など)
- 補足②:経皮ペーシング、経静脈ペーシングについて
- 筆記試験ではここが問われている!
適応疾患
一般的なペースメーカの適応疾患は、循環器内科の教科書などを見るとたくさん細かな適応が書いていますが・・・、あーだこーだ言っても要は徐脈のせいで心拍出量が不十分(症候性の徐脈)な場合がメインです。そういったことが起こる疾患がたくさんある、というだけことです。一応疾患名を挙げておかないと怒られそうなので・・・洞不全症候群(SSS)、高度房室ブロック、徐脈性の心房細動、心筋梗塞の急性期、心臓手術後などです(あと細かなものは教科書を見てください!どうせ全部は覚えられないので笑)。
ペースメーカコードの意味
「じゃぁバックアップでVVI40で設定しておいて」なんてさらっと言えるようになるとなんかできる研修医になった気がしますが、大丈夫、気のせいです。一般的なペースメーカコードはとりあえず3番目まで把握しておけばいいと思います。ほとんどの会話はそれで成り立ちます。1番目は、どこで刺激するか、2番目は、刺激するか抑制するかに当たってどこでそれを感知するか、3番目は刺激を感知した場合(また感知しなかった場合)にどのように反応するか(刺激するのか、しないのか)、4番目は心拍数の自動調節機能があるかないか(後述)、5番目は多点ペーシング機能があるかどうか(後述)です。
とりあえず初めて覚える看護師さんなどは、1に刺激、2に感知、3に反応と覚えておきましょう。
1番目(O、A、V、D)
コードの1番目の文字は刺激部位です。どこが刺激されているのかが重要なので1番目にきています。Oは刺激なし(意味ないね)、Aは心房(Atrium)のA、Vは心室(Ventricle)のV、Dは両方(dual)のDです。ちなみにNintendo DSもDual Screenの略です。Double Screenではありません。
2番目(O、A、V、D)
2番目はどこで患者自身の興奮信号を感知しているかです。自分で頑張って興奮しようとしているのに勝手に刺激されてはかないませんし、興奮信号がない場合にはしっかりと刺激してあげなければいけません。文字の意味は1番目の刺激部位と同様です。
3番目(O、I、T、D)
3番目は2番目で感知の結果、ペースメーカ自身がどうするかです。 3つの文字が使用されます。Oは刺激しない、ではなく興奮のあるなしに関係なく刺激する、の意味です(非同期ペーシング) 。場合によってはspike on Tなどからの心室性不整脈を起こすリスクがあります。。
Iがinhibited(抑制)、Tはtriggered(同期して刺激する)、Dは上記と同様dualです。Iは信号を感知した場合に刺激しない、Tは同期して刺激する。Dは両方です。同期して刺激するとは、心房の興奮はあるが、心室に伝達されない場合に、心房興奮に同期して心室の刺激を行うことです。心房興奮がなく、心房を刺激してその刺激が心室に伝達されなければ心房刺激に同期して心室を刺激します。Dは両方です。実際に見るのはIかDがほとんどです。
どれくらいの強度で刺激するか、どの程度の興奮信号までは興奮なしとするか、ありと判断するかは、ペースメーカの設定で変更することができます。
通常用いる場合にはこの3つを把握しておけばなんとかなります。普段見るペースメーカのモードはVVI、DDDがほとんどです。たまーにVDD、DDIもいますが。AAIはほとんど見ないですね。
4番目(O、R)
4番目は心拍数調節機能です。運動(体の動き)や体温、分時換気量を感知して体の需要に合わせて心拍数を増加させる機能のことです。文字コードはOがなし、R(Response)が心拍応答機能ありです。DDDRと書かれているのを見たこともあると思います。自己心拍がしっかりと増える人はいいですが、完全ペースメーカ依存の患者だとこの機能がないと少し走っただけで倒れてしまうでしょうね。
5番目(O、A、V、D)
5番目は複数部位(多点)ペーシング(両心房・両心室、同一心房あるいは同室心室内での複数の刺激部位、もしくはこれらの組み合わせ)で、Oはなし、A、V、Dは上記と同様です。心臓の再同期両方(CRT)などで用いられます。
術前確認事項
まずはペースメーカ手帳をチェックしましょう。え?持ってきてない?ならすぐにかかりつけ医に確認しましょう。多くの場合、家族が医療関係者でない限り「何か心臓の病気?不整脈?とかなんとか」などとしか言ってくれません。ペースメーカ手帳が手に入ったら適応疾患や最近のチェック履歴、モード、電池残量などを見ておきましょう。
そしてレントゲンを見て植え込み位置の確認、リード本数の確認をしましょう。まぁレントゲン見なくてもほとんどわかりますが。高齢者で痩せている患者さんの場合、これいいの?というくらい浮き出てますね。
続いて心電図も見ましょう。ほとんど自己心拍の人もいれば、完全に依存している人もいます。ペースメーカ患者の心電図は見る練習をしておいた方がいいと思います。
ペースメーカ手帳の情報を参考にペースメーカ業者あるいは臨床工学技士(MEあるいはCEさん)に手術前のチェック、プログラミング変更、術中の立会いなどの依頼をしておきましょう。
手術部位、手術が電気メス(特にモノポーラ)を使用するかどうか、バイポーラや超音波メス(ハーモニックなど)での手術は可能かの確認を主治医にしておきます。
また、ペースメーカ不全念の為の経皮ペーシング(あるいは経静脈ペーシング)ができるように機器の確認をしておきましょう。
というわけで、術前の確認事項は?と聞かれた場合は、
- ペースメーカ適応疾患、植え込み部位、リード位置、モード、電池残量の確認
- ペースメーカ業者あるいは臨床工学技士のチェック、立会い依頼の確認
- 経皮ペーシング、経静脈ペーシングの準備の確認
- 手術部位と電気メス(特にモノポーラ)を使用するかどうかの確認
と答えましょう。
術中のペースメーカ設定、麻酔方法
まず、ペースメーカが入っているからと言って何か特別な麻酔法にする必要はありません。ただ、モニタのペーシングスパイクの除去機能は切っておきましょう(そんな機能があることすら知らない人も多いですが笑)。ただし、術中は聴診器やパルスオキシメータ、動脈ラインなどで確実に有効な心拍があるかを継続的に確認します。
続いて術中のペースメーカ設定ですが、そもそもなぜ術中に設定(プログラム)の変更が必要になるのでしょうか?それは、主な理由は電気メスによる電磁干渉(EMI:electromagnetic interference)を避けるためです。電磁干渉を起こす可能性のある医療機器、治療には電気メスの他に、ラジオ波焼却装置、体外式衝撃波砕石術(ESWL)、MRI(MRI対応のものであればOK)、放射線療法、MEPなど神経刺激装置の使用などがありますが、ここでは電気メスに絞って説明します。
通常の電気メスには単極性(以下モノポーラ)と双極性(以下バイポーラ)の2種類があります。モノポーラは普段一番よく見るタイプのもので説明するまでもないと思いますが、一本のやや平べったい金属の棒が出ているタイプのものです。施設によってはボビー、と読んだりしますが・・。バイポーラはピンセットのようなタイプのものです。脳神経外科などでもよく見かけるやつですね。バイポーラはピンセットのようなものの先っぽの間だけで電気が流れますが、モノポーラでは電極と体のどこかに貼った対極版(側腹部や大腿部などに貼るコードが付いた大きなシール)との間を電流が流れます。余談ですが、躁うつ病は別名双極性障害と呼び(躁とうつの二極)、英語ではbipolar disorderと呼びます。精神科医の先生が言うバイポーラはそっちの方ですので、間違えないようにしましょう(間違えないか)。
ペースメーカ患者で問題となるのはこのモノポーラを使用する時です。術中に電気メスを使用する際に心電図が乱れるのを見たことがあると思いますが、その電気メスの電気刺激を心臓の興奮と間違えて感知してしまって(I:抑制)、適切に刺激が行われない場合があります。自己心拍がしっかりとある患者であれば大丈夫ですが、ペースメーカ依存の患者の場合は高度の徐脈をきたしてしまう場合があります(ペースメーカからすれば、だって自分で打ってんじゃんという感じです)。
こういったことを防ぐために術前にプログラミングの変更が必要になります。ただ、最近のペースメーカはEMIにはかなり強くなってきているようです。デバイスの進化に感謝。
細かなことは色々ありますが、基本的な変更は3種類です。まずは心拍数調節機能やICD機能(後述)などは手術直前に切っておきます。心拍数調節機能は、人工呼吸の影響により予期せぬ頻拍が起こる可能性があるため、ICDは電気メスの刺激ノイズを細動波を勘違いして不必要な電気ショックをしてしまう可能性があるためです。
そして非同期ペーシング(AOO、VOO、DOO)にするか、最低心拍数を保障したモード(AAI、VVI、DDI)にするかです。前者はペースメーカ依存患者でペースメーカがきちんと動いてくれていないと自分では十分な心拍数が維持できない人用で、後者は自己心拍が比較的十分(50bpm以上)あり、ペースメーカはいざという時に動いてくれれば大丈夫な人用です。
非同期ペーシングとはその名の通り自己の興奮があろうがなかろうが刺激するモードです。電気メスの刺激ノイズがあろうが感知しませんので、一定の心拍数を維持できるメリットがあります。一般的には手術の侵襲に応じて自己心拍よりも速いペーシングレートで設定します(通常80ー90程度か)。
患者の自己心拍が十分にある場合には非同期ペーシングを行うことでspike on T(T派の上にペーシング刺激が乗る)からの心室性不整脈を起こすことがあります(実際に起こすことはまれのようですが)。このような自己心拍が十分な患者の場合は、もし自己心拍が何らかの理由でなくなった場合に最低限の心拍数が保障されるようにペースメーカを設定します。AAIやVVI、DDIがそれに当たります。ただし、房室間の伝導障害がある場合や、心房細動の場合はAAIは刺激がうまく伝わらないためNGです。
手術が無事終了したら、ペースメーカの動作チェックと、再プログラミングをきちんと行いましょう。
まとめますと、
- 心拍数調節機能、ICD機能(抗頻拍、除細動機能)は切っておけ!
- モニタにきちんとペースメーカスパイクが出るように、ペーシングスパイク除去機能を切っておけ!
- 有効な心拍があることを継続的に確認!
- 麻酔方法はなんでもいい!
- ペースメーカに頼りっきりの場合は非同期ペーシングDOO(かAOO、VOO)、自己心拍しっかりならVVI(かAAIかDDI)!
- 術後はペースメーカの動作チェックと、プログラミングを術前のものに戻しましょう。
と覚えておきましょう。看護師さんたちも、医師たちがいかにもドヤ顔で言っていますが、それほど難しいことを言っているわけではないことがわかったと思います笑。ペースメーカアレルギーにならないようにしましょう!
電気メスを使用しなければならない時の対処
では電気メスを使用しなければならない場合には具体的にどのような対策が必要になるかは以下の通りです。
できればモノポーラは使うな!で済めば良いのですが、そういうわけにもいかない場合が多いので。
- 短時間・間欠的(4秒未満、2秒以上間隔をあけて)かつ最小エネルギーで用いるように外科医に要請しましょう。また、凝固モードよりもカットモードが望ましいです。
- ペースメーカ本体から10〜15cm以内での使用は禁忌ですので、絶対に避けましょう。ジェネレータ(ペースメーカ本体)自体がいかれてしまう可能性があります。
- 電気メス使用場所と対極版の間にジェネレータが入らないように対極版を貼りましょう。具体的には頸部手術であれば肩、胸壁手術であれば同側の腕、腹部手術では下肢に貼りましょう。
- 万が一のために除細動器が使えるように準備しておきましょう。
ペースメーカ不全について
最後にペースメーカ不全について簡単に。ペースメーカ不全とは文字通りペースメーカがきちんと作動してくれない状況を指します。できれば起こってほしくないですけどね。幸い私が担当した症例では起きたことはないです(心臓外科手術以外においては)。
ペースメーカ不全の原因は大まかに2つに分けるとわかりやすいです。すなわち、「出力(output)とそれに対する反応がおかしい」のか、「センシング(感知)がおかしい」のか、です。
出力が正常になされない理由としては、直近での電気メス刺激(ギガデイ●)によりジェネレータ自体が故障した(まれ)、バッテリーがない(術前のチェックで回避可能)、リードが断線または位置のずれ、下記のオーバーセンシングが起こった場合、混線している(心房への出力を心室リードが誤ってセンスして抑制をかける)場合などです。補足ですが、心臓外科手術中の術野に直接縫い付けたペーシングワイヤーの場合には、瘢痕組織などは強い出力が必要になったり、場所を変更する必要があります。
センシングの異常としてはアンダーセンシングとオーバーセンシングがあります。こう言った不適切なセンシングは、電気メスの干渉や抗不整脈薬の投与、心筋虚血、酸塩基平衡障害、電解質異常などにより、ペーシング閾値の変化が生じることで生じます。なにやら難しそうな用語ですが大したことはありません。アンダーセンシングとは要は「空気が読めない人」、よく言えば「鈍感力」がある状態です。きちんと自分の心臓が興奮しようとしているのに気づかず(気づけば抑制をかけます)、不適切な時に刺激します。オーバーセンシングとは「どうでもいいことまで気にしすぎる人(知覚過敏)」のことです。周りの関係ない刺激(電気メス、スキサメトニウム使用時の筋電図など)を心臓の興奮と勘違いして抑制をかけてしまいます。私は以前はオーバーセンシングな人間でしたが、年齢を重ねるにつれアンダーセンシングな人間になりつつあります・・・。
ではペーシング不全が生じて、高度の徐脈を生じた際にどのように対応すればいいのでしょうか。
- 非同期ペーシングを行なっていない場合で、非同期ペーシングになることがわかっている場合は、マグネットモード(ペースメーカ本体の上にマグネットを置く)を用いる。でも勝手にしないほうがいい。
- 一時ペーシング(経皮、経静脈)を行う。まぁこれですね!!下記はすぐに効果が出るわけではないので。
- 心筋の脱分極閾値を低下させる、あるいは心拍数上昇の目的に交感神経作動薬を使用する(アドレナリン、ドパミン、イソプロテレノールなど)。反応すればいいけど。
- 血中のカリウム、カルシウム、マグネシウム濃度を是正する。アミオダロンは脱分極閾値を上げるため、使用している場合は減量あるいは中止する。
- 他に手段がない場合には、直接心外膜でペーシングすることを考慮(最終手段)
(第2稿に続く)
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